優しさの 定義 と アクション

優しさの定義とアクション

みなさんの
定義として
優しさって
どう説明しますか?

あなたにとって
優しい人って
どんな 人ですか?

どんな人を
具体的に
イメージしますか?
また
自分は
どんな優しさを届けたいと思いますか?

わたしは
今まで
思いっきり

優しいひと と
自分にとって 都合いい人 を
混同していたということに
気づいたんです。

自分に子どもが生まれてみて
届ける側を体験し。
旦那からの全力の応援を受け
受けとる側を体験してみて。

たくさんの仲間と
本気で
“全力 生きること”を
考えるなかで。

私のなかの
優しさの定義とアクションに対する
シフトチェンジが始まりました。

優しい人になりたい。
そう思っていた私。

いつも笑顔で
荒々しくなく 穏やかで
怒鳴らない 怒らない。
相手の 言うことや願いを
聞いて かなえる。
相手に同調する。
否定しない。
断らない。
反対意見は飲み込む。
とにかく居心地のよさと
喧嘩や言い争いが起こらない
波風たてないことを優先する。
認める。
そのためであれば自分が諦めることも
よしとする。
常に いい気分ですごせるように。
甘くて温かく
あり続けなくてはならない。

これが“優しい”だと思っているから
自分が欲しいものも
届けるものも
そんな感じになります。

でも
やっててすごく
自分も無理をするから
しんどい上に
違和感がつのります。
深い安心した繋がりを
感じられないんです。
いつまでたっても
信じることができずに
どこか疑う。
私も試すし
相手にも 試されてるような気がする。

そんななかで
自分が
やって来てたことは

相手と自分の
未来の幸せを願った行動ではなく

単に
私が 相手に
害を与えず
今を 無難に こなす。
完全なるトラブルに対する
対症療法であり
根治を目指していない。

相手を不愉快にさせないために
時には 我慢したり
時には 自分に嘘をついて
時には 作り笑いで
無難に合わせにいく。

上っ面だけ
体裁を整えにいく。
今、目の前の相手と
トラブルを起こさなければ
相手のコンディションの悪さが
原因であったとしても
自分が我慢して 会わせにいけばいい。
この場さえ乗りきれば‼なんとかなる‼

自分が
傷ついたり
嫌われたり
損したりすることないように
八方美人を
無理して 頑張ってやっていました。

それって

相手に対する優しさのフリをしながら
実は
自分が 傷つかないように
自分が 嫌われないように
自分が 損しないように
自分が
面倒なことに巻き込まれないように
自分の価値がなくならないように。

相手を思いやるフリをして
実は
全力
自分のことしか
考えてなかったわけです。

それって優しさなのか?

でも
子どもを目の前にしてみて。
無難にとか
取り繕うとか
嫌われないためにとか
いってられなくなるわけです。

娘の未来を
本気で応援したい‼

夫婦でそんな話を沢山していくなかで。

旦那の 娘に対する本気の愛や
旦那の 私に対する本気の応援。
代表としての スタッフに対する
本気と全力の
未来の幸せを願った
アクションを通して。

私のなかの
優しさの定義が
変化していきます。

自分の
今までの
優しさの定義が

害を与えないだけで

実は
自分向きに矢印が向いたものであり
相手に対する 本気じゃなかった‼

自分の肩書きを守るために
美しく取り繕う
表面だけの関係性のなかで
害を与えもしなければ
豊かさも届けることもない。
お互い 波風たたない無難のなかで
人からの 評価を守るためだけに
優しいフリをしていただけで

なんと自分都合だったんだ…。

消えてしまいたいくらい
恥ずかしくなってしまいました…。

嘘でもいいから
自分の思い通りだけに
甘やかされたい気持ちに
なったりもするけど…。

それって
本当の愛情を受け取ってない
自分側のテーマであり
相手のせいではない。

自分への信頼がないからこそ
試す行動になっているし
自分の前提が
優しさや愛情を
貰える人間ではないと
決めつけているからこそ
その証拠をつくりだすだけ
なのだと思います。

未来を考えたら
現状の正しい認識を
相手が
今はうけいれられないとしても
自分が嫌われないための
フィルターを挟まずに
シンプルに
現状を正しく認識するために
相手を素直にみること。
相手に伝えること。

甘さと温かさだけではなく
時には
強さと冷たさも
全部まるごと ある。

それが
優しさなのではないかと
感じ始めています。

言いなりになって
波風たてないでいいように
その場を無難に取り繕うことが
優しさではない。

例え嫌われようとも
大事な人なら
届く 届かない関係なく
本気で伝えようとするし
時には叱りにもいくだろうし
断りもする。
反対意見を伝えることで価値観を広げてほしい気持ちで
時には 感情をむき出しに
怒りだってぶつけるかもしれない。

それくらい
相手を思えば
害を与えないことよりも
何かを届けたい‼が
大きくなるものです。

相手のコンディションの悪さを
気づいていながらも
気づかないふりをして。
未来を考えることすら放棄して
その場を無難に取り繕うことが
優しさと勘違いして。
相手に巻き込まれにいくことは
優しさでもなんでもなく
自分本意の逃げです。

知人レベルの人であれば
選択は自由ですが。

家族に対して。
大切な人に対して。

本気であるからこそ
相手のもっと善くなる‼に
希望をのせて
嫌なことだとしても
ぶつかることだってできるし
大切だからこそ
本気で向き合って
答えのない答えを探そうと
本気で想いを届けあえる。

相手をおとしめるような
対等ではない扱いをするとか
あえて
自分から
対等ではない扱いをされにいくとか。

それは優しさでもなんでもなく
都合よく
互いを利用しているだけで。

ご縁あって 選んだ
出逢いに対して

あまりにも

相手の命も
自分の命も
侮辱していることになる。

それは愛でもなんでもない。
そう 思います。

人間関係のなかで
自分のところに届く
助言やアドバイスやアクション
それが 時には
嫌がらせにみえることもある。

でも
本当に
自分をおとしめようとして
届けられるものなのか?

それとも
今、未来の
幸せを願って届けてくれている
優しさなのか?

無難や
取り繕いや
表面的な関わりを越えて
今一度
自分と自分の本音と
相手と自分の本音を
見に行ってみては
どうでしょう?

親子関係や
パートナーシップ
人間関係のなかに ある

優しさ

あなたは
どう定義していますか?

どんな優しさを
届けて
受け取りにいっていますか?